2022.03.16

患者と家族にじょうずに向き合うための方法

「看護師さま」ではなく「選ばれる看護師」になろう

先日、私はとあるクリニックを経営する院長と対談をしました。その院長に看護師との関係を尋ねると、「うちの病院では患者さんは『患者さん』って呼ぶけど、看護師は『看護師さま』と呼んでいるね。そのくらい気を遣わないと、『看護師さま』はすぐ辞めちゃうから(笑)」と言うのです。ウソのようなホントの話。 病院で働くスタッフの8割を占める看護師の人件費率は当然、一番です。人員配置基準を満たすため、離職があれば高い経費をかけても看護師を募集しなければなりません。離職が増えると病院経営をじかに圧迫するので、辞めないようにと病院側が看護師に気を遣う……。その対応がどうも接遇やマナーのよくない看護師を生んでいるようです。
 これからの時代はさらに訪問看護ステーションや有料老人ホームなど、民間の事業者が経営する在宅サービスや居宅の分野にも看護師の活躍の場が広がります。民間の事業者が経営する事業所とは、病院よりもさらに自由競争の激しい世界です。利用者さんやご家族、同時にケアマネジャーなどの多職種からも接遇やサービスが悪ければ「あの人、変えて」が起こります。今回は、そんななかでも「選ばれる看護師」となるためにはどんなことが必要なのか、看護師の「あり方」について考えてみます。

「看護師さま」になりがちな理由その1 高時給であること

この間、コロナワクチン接種のアルバイトの時給が4,000円という募集広告を見かけました(医師については問診業務だけで15,000円というところも!)。潜在看護師代表の私でも一瞬「復帰しようかな?」なんて思うほど、魅力的な金額です(笑)。しかし、これは看護師という資格に対して与えられた報酬です。4,000円の時給を自分の価値と勘違いすると、往々にして「看護師さま」になってしまいます。これはもちろん医師も同様ですね。読者の皆さんも、医師という資格に対しての世の中の評価を「自分という人間の価値だ」と勘違いしている医師をいっぱい見て、「偉そうに」と感じてきたのではないでしょうか。私はバリバリ感じています(笑)。「人の振り見てわが振り直せ」ではないですが、彼らを見てわれわれもそうなっていないかと常々、気をつけていきたいものです。
 でも、これって逆に言えば、医師、看護師の資格を持っているなら誰でもいいですよということでもあります。どんなによい診療をしようが、どんなによい看護観をもっていようが、そんなことはいいので「看護師免許のコピーください」ってことです。われわれの個性なんかは関係なく「誰でもいいですよ」なんですから、ちょっと寂しいですよね。
 私は教育支援の会社を経営しています。たくさんある企業のなかから弊社を選んでいただけるということは何よりもうれしいことです。自由競争のなかで選ばれるには、仕事の質が高いことはもちろんですが、スタッフの応対などを含む付随したサービスも同時に評価されているということです。「企業は人なり」、誰でもいいということではなく「あなただからお願いしたい」となったとき、仕事はやりがい以外の何者でもなくなります。
 看護師資格があるなら誰でもいいという位置から「こんな看護をするあなただから○○円をお支払いするので、ぜひお願いしたい」となれば、それは「自分の価値が認められた」ということに値します。自分の価値を高めたいなら、本当は資格ありきではなく、自分の名前である「○○さんにお願いしたい」をめざすべきなのです。

「看護師さま」になりがちな理由その 2 求人オファーが多い

私はいろんな病院の外部コンサルタントとして、ときには看護師さんに異動や降格などを告げる役割を担うこともあります。なかには、自分本位な仕事ぶりだったり、接遇が悪くクレームが多すぎたり、スタッフ間の人間関係をかき乱したりということを、改善させるための育成面談をしようとすると、それを察知して「私、もう辞めるんで面談は結構です」という人が出てきます。
 こういう人は、他の病院でもさまざまなよくない評判を残していることが多く、何か言われそうになるとその前に逃げて退職してしまうので、まったく成長ができません。看護師不足の世の中では看護師は引く手あまたですから、そんな人でも転職エージェントに登録すれば、すぐに就職先が見つかります。「ちょっとは自分にも悪いところがあったのかな?」と思っても、すぐに転職先の病院で忙しい日常が訪れ、自分の課題に向き合うことなく転職を繰り返す看護師となっていきます。すぐに就職先が見つかる看護師である自分は「価値が高い」と錯覚してしまい、次第に傲慢になる人が、いわゆる「看護師さま」となっていきます。

「看護師さま」になってしまうのは自分の課題と向き合えない人

数年前、遠くから引っ越して私の会社に就職してきた看護師さんがいました。その人は以前から私の研修等によく参加していて、「一緒に働きたい!」と遠路はるばる来られたのですが、わずか数か月で退職していきました。「看護師以外の仕事をやってみたかった。看護ができるんだから何でもやれます!」[万能感]とやる気満々で入ってきたのに、数か月にて退職。コンサルティングや研修をする私に同行することで「自分にもできる」[同一化]としていたのかもしれませんが、彼女にとっては弊社の仕事はとてもつらそうでした。メールコミュニケーションや動画撮影に編集、研修の運営やコンサルティングの資料作成、チラシにパンフレットに企画書作り、そして営業など……。大きな失敗もありました。 
 フィードバックすると、「それは私の仕事なんですか?」「先生が最終確認すると思ってました」[外罰的機制]と開き直ってしまい改善できない(表)。体調が悪い、起きられないと勤務中に横になることも多く[病気への逃避]、こちらも十分に仕事をこなしてもらえず、大変でした。最後は「家族が心配しているので辞めます」と、自分以外の者のせいにして[責任転嫁]、辞めていかれました。「課題と向き合わないで、逃避しても成長しないのでは?」[逃避]と話しても、「家族に迷惑はかけられないので」[合理化]の一点張りでした。確か数か月前はその家族と距離を置いて、「もう歳だし、自分のやりたいことをやりたい」と高額な費用をかけて引っ越ししてきたのではなかったのか? と思いましたが……。
 彼女のなかで私は理想化されていましたが、現実の私は彼女の期待するような対応をしなかったのかもしれません。すると、彼女はただちに私の価値を下げ[脱価値化]することで自分を守っていたのでしょう[理想化・脱価値化]。うわさでは彼女はその後も職を転々としているようでした。  
 こうならないための答えは至ってシンプルで、自分の課題と向き合い改善することです。以前、コロナ禍での新人の育て方でご紹介した「社会人基礎力」のなかの「考え抜く力」をつけること(2021年5月号をご参照ください)。つまり「課題発見力→計画力→創造力」の流れに沿っていくことで、人は成長していきます。「社会人基礎力」はベテランでも必要な能力です。

「看護師さま」のままで在宅看護デビューすると「あの人、変えて!」が巻き起こる

 前述した彼女はなぜ、自分の課題と向き合えなかったのでしょうか。それは[防衛機制]がはたらいたから。ストレスから身を守るため、われわれに標準装備されている身体のしくみの1つに[防衛機制]があります。適応機制とも呼ばれるこの機制は、看護学生のときに心理学や人間関係論で習いましたね。ストレスや欲求不満が起こると、人はこの[防衛機制]を使い、自分の生命を守ろうとしますがこれらのほとんどは無意識です。ドラマなどでよく主人公が精神的なショックを受けたあとに記憶喪失になったりすることがありますよね。それがこの[防衛機制]です。
 一時的に身体を強烈に守るための[防衛機制]には段階があり、病理的な防衛(5歳以前の子どもに多
い)、未熟な防衛(3歳から15歳に多くみられる。一部、成人にも残る)、神経症的防衛(逃避、合理化、反動形成など)などがあります。その他、攻撃に身を転じる[外罰的機制]、すべてを自分のせいだとする[内罰的機制]や不安や未熟さを覆い隠そうとわざと難しい表現でごまかす[知性化]などがあります(表)。
 前述のストレスと欲求不満状態にあった彼女は、多くの防衛機制を多用して自分を守っていたわけですが、低レベルの機制を使い過ぎると、人の信頼を失い、人間関係を損なうばかりか、職場にも適応できず、せっかくのチャンスも失うことにもなりかねません。ときには自分の課題と向き合い、[合理化](言い訳)や病気への逃避、「外罰的機制」を使っていないかを振り返らなければ、本当の意味で自分を幸せにすることはできないと思います。
 訪問看護などは病院と違い、利用者さんはご自宅にいます。自分のテリトリーにいるのですから当然、強い立場になります。また、訪問看護ステーションは唯一異業種参入が可能となった組織ですから、競合他社がごまんといます。つまり利用者さんは看護師や事業所を「選ぶ立場」にあるということです。それはケアマネジャーや地域包括支援センターのスタッフ、退院調整に関わる多職種も同じで、彼らもまた、われわれを「選ぶ立場」にあります。病院勤務から在宅看護にキャリアチェンジし、新しい環境でストレスフルな状況になったとしても、無意識に低レベルの防衛機制を使いまくっていたら……。それは即、「あの人、変えて」になってしまいます。
 先日、訪問看護ステーションのクレーム予防の研修をしましたが、不用意な言葉や態度で利用者宅やケア会議に出入り禁止になった方の人数が多くてびっくりしました。在宅へ出向く際は、あらためて私たちの接遇やマナーを強化する必要があるのだと痛感しました。ましてや先述した「看護師さま」のあり方でいたら……。ゾッとします。

□表 代表的な防衛機制の例

抑圧不安のもとに無意識に圧迫すること。強すぎると心の緊張をもたらし、不安定になる。 「臭いものには蓋をしろ」的なはたらきで、臭いものがなくなるわけではない
反動形成自分が非常に憎んでいる人に対して、反対に丁寧な態度をとったり、親切にしたりす ることがある。嫌悪感や衝動を防衛するために、意識上では正反対な傾向や態度を表 し、防衛する
投射・投影自分の欠点や弱点を他人のなかに見いだして、自分の責任を他に転嫁するといったよ うな行動をとる
退行幼児的な発達段階まで逆戻りして、不安等を解決しようとする
摂取・同一化ある対象の特徴を無意識的に取り入れ(摂取)、それと同一傾向を示す(同一化)ように なる
外罰的・内罰的・非罰的外罰的機制/自分に非があるときでも、責任を他に転嫁する 内罰的機制/すべてを自分の責任だと思い込んでしまう 非罰的反応/自分に責任があるとしたときはそれに従い、他に責任があるとすれば冷 静に判断することができる
昇華抑圧された本能や攻撃性などのエネルギーが社会的に容認され、適応された行動に変 わること。防衛機制のなかでは好ましいはたらき
合理化自分が失敗をしたときに、もっともらしい理屈を後づけする
知性化自分の感じたくない恐怖や不安を覆い隠すため、わざと知性的な難しい表現や言葉を 使うことで、つかみどころのない、あいまいな状態にする 何かと理由をつけて自分の正当性を保障しようとしたり、満たされなかった欲求に対 して適当な理由をつけて正当化しようとする
逃避病気への逃避/病気のせいにして逃れようとする 現実への逃避/本来関係ない別の行動に没頭して、気を紛らわそうとする空想への逃避/空想の世界で現実には満たされない自己実現を試みる
操作不安や葛藤を最小限にしようとして、出来事や対象、環境を管理、調整しようとする
理想化無意識のうちに、他者が実際に有する以上の価値や資質をもっているとする
脱価値化期待が満たされない対象を理想化せずに、ただちに価値のないものとして過小評価す る。他者ばかりでなく、自己においても行われることがある
打ち消し過去の思考・行為にともなう罪悪感や恥の感情を、それとは反対の意味をもつ思考な いし行動によって、打ち消そうとする(例:相手を非難したあとで、しきりに褒めたり、 機嫌をとったりするような場合)

選ばれる看護師になるためには課題と向き合い、改善に努める姿勢が大切

「自分の課題と向き合い、改善しようと努めること」。シンプルだけど、これにつきます。簡単なようでなかなか難しいものですが、「顧客満足度アンケート」などを活用して自分の言動やサービス、そして「看護」を振り返る習慣をつけるようにするのが近道です。満足度調査をやっている事業所は多いと思いますが、私は担当スタッフ個人への満足度調査をするのをおすすめしています。よくホテルやレストランで接客した方を直接評価するアンケートがあったりしますね、あれです。
 先日、通販サイトで酸素濃縮器を買いましたが、届いたものは不良品で電源すら入りませんでした。通販サイトに連絡すると、対応してくれた方はとても親切でした。不良品を配送した企業とは連絡がつかないものの、大変申し訳ないということで、特例として通販サイト側で返品対応してくれると言うのでお任せしました。数分後、通販サイトから先ほどの対応したスタッフに対しての評価を問うメールがきました。迷わず高評価をつけた私は、医療の世界もこうあるべきだよなぁと思いました。

「看護師さま」も顧客迎合も NG。よりよい地域社会を作っていく力が必要

しかし同時に医療の世界は、純粋なサービス業ともまた違い、顧客を大切にするのはもちろんだけども、顧客欲しさに迎合するのはまた、絶対に違うとも思います。自立を促す必要があるのに、依存心が強い患者さんのリハビリ拒否を許容するなどは、顧客サービスという名のもとにあってはならない行為です。
 病院は、医師しか院長になれません。これまで医療はその特殊性ゆえに、トップは医療従事者しかなれないしくみにして、その圏域を守ってきました。しかし、訪問看護ステーションや有料老人ホームは、株式会社や一般社団法人で運営ができる、本当の意味での自由競争の世界となりました。管理者は看護師だけど、経営者は民間企業の会社経営者ということもあります。株式会社は「利益を出すことによって世の中をよくしていこうとする組織」ですから、当然、看護の立場と経営者の立場で対立することも多々あるでしょう。医療や看護はよくわからないけれども、給料を握っているという経営者に今こそ、「看護」とは何かを説明して共同し、よりよい地域社会をつくっていく力が看護師に求められているのです。
 企業は新人の就職後、多額の予算をかけて研修を行います。マナー研修や問題解決手法を叩きこまれ、企業の顔となるべき教育投資がなされます。企業から異業種参入した経営者にマナーや接遇やらが劣っていて指導をされている看護師が、声高に「看護とは」といくら語っても、経営者の耳には届かないでしょう。「選ばれる看護師」になる必要があるのです。

 今回は在宅看護において、利用者さんやご家族、さらに多職種や他の職員に選ばれる看護師となる「あり方」について考えてきました。次回は、その具体的なスキルとは何かを考えます。

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