企業の場合、新人教育のカリキュラムの中には必ずと言っていいほど『ビジネスマナー研修』が入っています。名刺交換の仕方や電話対応のスキルに物の授受や指し示しに席次。こうしたお客様やビジネスで関わる人々に対面した場合の基礎のマナーから、メールやビジネス文書の書き方といったことまでを就職してすぐに学びます。私も病院の新人教育で接遇研修をたくさんやっていますが、2時間でといった制約がある場合が多く名刺交換やメールやビジネス文書までの内容まではほとんどできません。病院ではこれらの内容は新管理職研修などで伝えることがほとんどです。しかし、地域連携や多職種協働が叫ばれている昨今では、管理職といった役職にならずとも地域の勉強会や研修会で他の病院の方々と関わったり、退院調整等で他の施設の多職種の方々と関わったりすることもありますね。入院中、患者さんやご家族はやはり我々医療者には気を使っておられます。多少、我々のマナーが悪くてもクレームも言わずに我慢してくれていることがほとんどです。それは入院中に冷たくされるんじゃないかとか、注射や処置などを痛くされるんじゃないかなどが不安だからでしょう。私も自分が入院したとき、ちょっと怖い感じの看護師さんには逆に気を使っていました。寒いなと思っても厳しそうな私の受け持ちの看護師さんのときは寒さを我慢し、夜勤で交代した優しそうな看護師さんに毛布を借りたりしました。次の日、「なんで私がいるときに寒いと言ってくれなかったんですか」と受け持ち看護師さんに言われましたがさすがに「怖いからです」とは言えません。「忙しそうだったので、、、」とだけ伝えましたが、患者さん側の本音はこうしたものです。しかし、退院調整などで地域の多職種の方々と関わるときは患者さんやご家族のように我慢はしてもらえませんし、他病院の方々と関わるときも我々のマナーの良し悪しはしっかりと見られています。特に企業で活躍している方々と接するとき、頭に入れておかないといけないことは本来、新人研修で習うようなことを我々医療者は「教わっていない」ということです。本稿では、多職種との連携やビシネスパーソンと関わるときの基本的な「ビジネス・マナー」をお伝えします。
あいさつは、「後先後礼」と角度が重要。
「受け持ち看護師の奥山美奈と申します。よろしくお願い致します」患者さんへの最初のあいさつをするときを思い浮かべてみましょう。正式なあいさつはセリフを言い切ってからお辞儀をする「語先後礼」と言うものです。相手の目を見て、言葉を言い切ってからそしてお辞儀をします。また、日本はお辞儀の角度で相手に礼節を尽くすという風習もあります。お悔やみを申し上げたり、お詫びをしたりというときは45度で深々と、通常の丁寧なあいさつのときは30度で、軽い会釈は15度でというふうに場面に合わせてお辞儀の角度を調節する。これがスタンダードです。また、通常のあいさつはニッコリと笑顔でするものですが、我々の現場では笑顔がふさわしくないシビアな場面も多々ありますね。患者さんが急変し転院なさるときや死亡退院等のときのご挨拶は真摯な態度が求められます。表情管理も大切なマナーとなります。
「物の指し示し」
「すいません、5D病棟ってどう行くんですか?」「検査室ってどう行きますか?」などと患者さんやご家族に尋ねられることもありますね。この時の場所や方角の指し示し方にもルールがあります。ご案内する相手と向かい合い、胸襟を開いて(背中を取られないこと)指先を揃え、目指す方向を腕と手を用いて指し示します。近い場所なら腕の角度は小さく、遠い場所を示すなら角度はつけずに腕を伸ばして示します。「こちらに掛けてお待ち下さい」などの案内ならすぐに座れるように椅子を引いて差し上げます。尿検査の紙コップなどをお渡しするときは「こちらをお使いください」などと皆さん声をかけていらっしゃると思いますが、物の指し示しのときは「指し示し」+「言葉がけ」でより丁寧な感じを相手に与えることができます。
「物の授受」と「名刺交換」のマナーは基本的には同じ
「ちょっとカルテ取って」「そこの資料、一部回して」なんて、何かの物を相手にお渡ししたり、逆にこちらが物を受け取ったりすることもよくありますね。ビシネスマナーではこれらを「物の授受」と表現し、ちょっとしたルールがあります。腰よりも上の高さで、両手で言葉を添えて授受するというもの。カンタンですね。卒業証書をもらったときを思い出してみましょう。腰よりも上の高さでしかも両手で受け取りましたよね。そして一歩下がってお辞儀、そうです、あの感じ。ありがたいものを頂戴するときのお作法だったのです。物をお渡しするときも、腰から上の高さで両手を使ってお渡しするのが基本ですが、手がふさがっているなどでどうしても片手でお渡しせざるを得ないこともあります。そんなときは「片手で申し訳ありません」と一言添えれば大丈夫です。「ボールペン貸してもらえますか」などの場合は相手がすぐに使えるように持ちやすさを考えてお渡しするなどの配慮ができれば更に素敵です。名刺交換のときも基本的にはこの「物の授受」の法則で行います。基本は相手が差し出した名刺を両手で受け取るようにしますが、こちらも名刺を持っていて同時に交換するときも出てきます。そのときはイラストのように相手の名刺入れの上にこちらの名刺を差し出し、こちらの名刺入れの上に相手のお名刺を頂戴するようにします。(同時交換)頂いた名刺を見てお名前が難しい漢字などの場合「○○さんとお読みしてよろしいでしょうか」などお名前の読み方を確認するなどコミュニケーションを深めるようにします。また、基本的に物の授受は机などの上では行わないというルールもあります。狭い会議室で資料をやり取りするときや名刺交換をするときなどは机の上で行わざるを得ないことも多々あります。そんなときは「机の上から失礼致します」とここでも「一言添える」ことができればOKです。カンタンですね。
電話対応 顔が見えないコミュニケーションだから大切
医療者と企業人のマナーで一番の差がある部分は電話対応だと私は思っています。病棟等で働いていると内線電話が多いので「はい。2階です」といきなり部署名を言っても通じます。でもそれがクセになっていて外線電話を取ってしまうと相手はびっくりします。病院以外の場所では「TNサクセスコーチング株式会社 総務課の奥山です」というふうに「会社名 + 部署名 + 名前」がセオリーだからです。病棟が忙しいと早く対応して患者さんのところに行かないとという思いが強いのでしょう。ワンコールで電話を取る方もいらっしゃいますが、それもちょっとびっくりします。電話をかけている相手も「なんて切り出そうかな」などと考えていることもありますので、2コールで取るのがいいと思います。立ちながら電話を取って話しているとどうしても早く切りたいという気持ちになっていまいますので、特に外線電話の対応は座って、メモを取りながらできるだけゆっくり応対すると意識するのがオススメです。顔が見えないだけに電話はとくに慎重になる必要があります。内線電話のクセは結構、しみついていて急には変えられません。なので、異動で対外的な電話が多い部署に移ったとき、「○○さんの電話対応が悪い」とクレームにつながってしまうことがあるのです。ちょっとしたことですが、こうした応対ができる人が相手には「あの人はちょっと違うな」と結構、大きな差となって映っているものです。
メール文書はユーザビリティを意識する
病院や施設で働いているとあまり対外的にメールでやり取りすることはないかと思います。だからこそ、メールでのやり取りが多い方々と接したときに差が出てしまいます。私は病院関係の方々からのメールはすぐにわかります。それは、件名が入っていなかったり、署名がなかったり、重要な人をccに入れていなかったり、改行をせずに長い文章が送られてきたりするからです。公文書と違ってメール文書の場合は流行のようなものもあります。改行の仕方などは正式な文書とは違って見やすくするために15文字で改行したり、読むことのストレスを減らすために文脈ごとに数行の空間を入れたりといろいろと進化していたりもします。パソコンで相手がメールを読むのかスマートフォンで読むのかによって改行を変えたりする人もいます。根底にあるのは「ユーザビリティ」。相手が読みやすいようにという工夫をすることを「ユーザビリティ」と言います。件名を入れたり、署名をしたりということも相手の時間を奪わないようにするための配慮です。件名が入っていれば忙しい朝のメールチェックの時間でも「あ、この件は今日中に返事をしないといけなかった」とざっと内容を把握することができます。件名が書かれてないとメール文書を最後まで読まないといけません。著名をしていないと相手の組織に電話をしたりするときにいちいち調べなくてはいけません。それだけ相手の時間を奪うことになります。企業というところは「利益を生み出し社会を豊かにする」ことがミッションですから、ビジネスシーンでは「時は金なり」なのです。ですから相手の時間をいかに奪わないかということを大切にします。逆に言えば、こちらが忙しいのを理由に件名を入れない、署名をしないという人はマナーがなっていないと思われますし、付き合えば付き合うほど時間を奪われる相手と見なされ、ビジネスシーンでは仕事で関わりたくないというふうになっていきます。地域包括医療を実現していくためには、在宅医療を行っている組織や介護施設に地域の事業者とますます連携していかなければなりません。これからの時代は、病院といった枠組みに囚われずに我々医療者も大きなフィールドで活躍することが求められています。「郷に入れば郷に従え」です。関わっていく相手の大事にしているマナーをこちらも大切にするという姿勢が多職種や地域と協働していく上では何よりも大切となってきますよ。
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